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名古屋でアートセラピスト・カウンセラーになる!   ~イーブンハートスクール~

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天職とは自分がしたいことではなく導かれるもの

眠れずあほらしい呟き。ユング心理学に言う内向性と外向性。

 

夫と私はその点で正反対だ。夫は他者に理解されたいという欲求が薄く、気に入った人や物だけと深く付き合う。大声を張り上げるのは嫌いだし、自己アピールもしない。他者のニーズに応えるより、自分の内的な満足を優先する。その分迷いやブレが少ない。自分軸で生きている。

 

私は他者のニーズへの適応力が高い。わかられたいという欲求も強い。だから他者の印象には残りやすいが、それは言わば他人軸。適応力の高さは、アイデンティティーの拡散を招く恐れもある。相手の欲求に合わせて何者にもなれてしまう器用さは、反面心の安定が得にくい。だからよく疲れる。心身のエネルギーを消耗する。

 

タイプの違いが個性だから、どちらが良い、悪いとは言えないが、時々夫が羨ましい。

 

五十を過ぎれば、普通はそろそろ良くも悪くもゴールが見えてくる。それは諦め半分、安心半分。でも私には、未だ自分のゴールがどの範疇に位置するか、まるで見えて来ない。夢を見られる楽しみはあるが、安定には程遠い。

 

昔から、自分がこの方向で行こうと決め過ぎると上手くいかず、他者のニーズに乗っかる方が成果が高い。やれと言われたら無理してでもやれてしまう。だからどうにも専門分野が定まらない。しかも五十の年から大きなチャレンジを始めてしまったので、本来なら三十代、四十代でしておくべき試行錯誤を、体力の衰えた今、まだ格闘している。

 

私はあまり突飛なアイディアは浮かぶほうではないが、基本の臨床心理学というものは、あらゆる分野に応用できるので、求められたニーズに合わせてアレンジなら無限にできる。しかも何でもやってみる好奇心の強さが却って災いして、あさっての方向からのニーズにもそこそこ応えられてしまう。…いや、断ればいいのだ、断れば。でも断らないのは…結局その向こうにある夢を見たいのだ。限界を超えていく自分を。

 

本当は…表現の世界で生きたかった。でもいろいろな事情から、それを仕事には選ばなかった。天職とは、自分がしたいこと、ではなく、自分にもわからない何かの導きで、天から落とされる仕事を言うのではなかろうか?

 

 

 

 

天職はもしかしたら自分が考えたこともないものかも…

だとすれば、それを見つける方法は???

 

jeha-college.hatenablog.com